
こんな疑問を解決します
- トルコの「ラオディキア」ってどこにある?
- ラオディキア遺跡への行き方は?
- ラオディキア遺跡では何を見るべき?
- 観光の所要時間ってどれくらい?
世界遺産ヒエラポリス・パムッカレがあるトルコのデニズリ県には、実はもう一つ、歴史好きなら見逃せない古代都市遺跡が存在するのをご存知でしょうか。
聖書にもその名を刻んだ「ラオディキア」は、近年の驚異的なスピードで復元作業が進められ、歴史の解明が進んでいる蘇り中の遺跡です。
本記事では、"パムッカレじゃないほう"の遺跡ラオディキアについて、デニズリ在住&古代遺跡好きの私が詳しくお伝えします。

- 1. トルコ・ラオディキア遺跡の基本情報
- 1.1. ラオディキアってどこにある?
- 1.2. 古代都市ラオディキアの概要
- 1.3. ラオディキアの名称-綴りと発音
- 1.4. ラオディキアの歴史
- 1.5. キリスト教徒にとっての聖地
- 1.5.1. 「アジアの七つの教会」とは?
- 1.5.1.1. 誰が何をした?
- 1.5.1.2. なぜこの7つ?
- 2. ラオディキアへの行き方
- 2.1. 公共交通を利用する
- 2.1.1. デニズリオトガルから乗る場合
- 2.1.2. パムッカレ村から乗る場合
- 2.1.3. ミニバス利用時の注意点
- 2.2. タクシーや代理店の送迎を利用する
- 3. ラオディキア遺跡サイト案内
- 3.1. オープン時間&入場料
- 3.2. 観光の所要時間
- 3.3. ラオディキア遺跡の歩き方
- 3.4. ラオディキア観光の注意点
- 4. ラオディキアの見逃せない遺跡
- 4.1. 東のビザンツ門|Doğu Bizans Kapısı
- 4.2. シリア通り|Suriye Caddesi
- 4.3. A神殿|Tapınak A
- 4.4. 緑派のジョッキークラブの建物|Yeşillerin Jokey Kulübü Binası
- 4.5. 東のプロピュロン(北の聖アゴラ入口)|Doğu Propylon
- 4.6. 北の聖アゴラ|Kuzey Kutsal Agora
- 4.7. 西の劇場|Batı Tiyatrosu
- 4.8. モザイクエリア|Mozaik Alan
- 4.9. 教会付き列柱中庭邸宅|Kiliseli Peristylli Ev
- 4.10. 北の劇場|Kuzey Tiyatrosu
- 4.11. ラオディキア教会|Laodikeia Kilisesi
- 4.12. トラヤヌス帝の噴水施設|Traian Nymphaeumu
- 4.13. ブルテリオン|Bouleuterion
- 4.14. スタジアム|Stadyum
- 5. おわりに
トルコ・ラオディキア遺跡の基本情報

ラオディキアってどこにある?
ラオディキア遺跡はトルコ南西部のデニズリ県に位置し、デニズリ市街の中心部からは北へ約8キロ、車で15分ほど走った場所にあります。
ヒエラポリス・パムッカレからは南に15キロ弱の距離にあり、デニズリ市街とパムッカレ村を結ぶ幹線道路から少し入った丘の上に広がっています。
古くからエフェソスや中央アナトリアを結ぶ主要な通商路が交わる交通の拠点として機能してきました。
視界の良い日だと、ラオディキア遺跡の中からパムッカレの白い石灰棚をはっきりと望むことができます。
古代都市ラオディキアの概要
2013年にユネスコ世界遺産暫定リストに記載されたこの遺跡は、近年で復元作業がどんどん進められています。
遺跡内に一歩足を踏み入れると、「まだまだ何か出てきそうな遺跡!」というのが素人の私にでも分かるほど、発掘が進行中の遺跡。

かつての「富める商都」の圧倒的なスケールを徐々に蘇らせています。
パムッカレの石灰棚からもその姿を望むことができるこの巨大都市は、正式な世界遺産登録も期待されるトルコ観光において注目すべき重要な場所です。
ラオディキアの名称-綴りと発音

現地で混乱しないためにも、以下の3つの表記と発音を覚えておくとスムーズです。
- トルコ語の正式名称:Laodikeia
- トルコの公式ガイドや遺跡の入り口、道路標識で使われている現在の正式な綴り
- ギリシャ語の原音に忠実な表記
- 英語表記:Laodicea
- 聖書(英語訳)や欧米の歴史資料で一般的に使われるラテン語由来の表記
- 英語圏の旅行者向けサイトではこの綴りが主流
- 日本語表記:ラオディキア
- 日本の歴史・宗教関連の文脈で最も定着している呼び方

トルコ語では「-eia」という綴りは、口語では「ヤ」に近い音なので、日本人の耳には「ラオディキヤ」と聞こえます。
英語圏の人は「Lay-ah-duh-SEE-uh」と発音するので、「レィアダスィーア」のように聞こえます。
全然違うので、最初は何を言われてるのか分からなかった💦
ラオディキアの歴史

ラオディキアの歴史は紀元前3世紀半ば、セレウコス朝の王アンティオコス2世が、妻ラオディケの名を冠して都市を建設したことに始まります。
この地はエフェソスから東へと続く主要な通商路の要衝であり、ローマ帝国時代には小アジアでも屈指の富を誇る商都として黄金時代を迎えました。
この都市の驚異的な経済力を象徴する出来事が、紀元60年の大地震。
近隣都市がローマ皇帝からの復興支援を受けたのに対し、ラオディキアは「自らの財産のみで再建する」として支援を断り、自力で都市を復興させたと伝えられています。

その繁栄を支えたのは、独自の金融システムと高級な羊毛の生産だったようです。
キリスト教徒にとっての聖地

ラオディキアは、キリスト教史においても極めて重要な場所。
新約聖書「ヨハネの黙示録」に記された「アジアの七つの教会」の一つに数えられています。
2010年に発見された「ラオディキア教会」は、ミラノ勅令直後に建てられた世界最古級の教会遺構として、現在も世界中の巡礼者が訪れる聖地となっています。
ラオディキアへの行き方

公共交通を利用する
ラオディキア遺跡へは、デニズリオトガル~パムッカレ・カラハユットを結んでいるミニバス(ドルムシュ)を利用します。
デニズリオトガルから乗る場合
ミニバスの乗り場は、デニズリオトガルの地下1階、76番のプラットホームから。
乗車前ドライバーに「ラオディキア(Laodikeia)で降りる」と伝えておけば、遺跡への入り口となる幹線道路沿いの分岐点で降ろしてくれます。
バスを降りた後、道路を渡って遺跡の入り口(チケットオフィス)まで約1キロ、歩いて10分ほどです。

パムッカレ村から乗る場合
カラハユット村から来るデニズリオトガル行きのミニバスに乗車します。
ミニバスのルート上ならどこでも手を上げて乗れますが、分かりやすいのはパムッカレ村の中心で代理店が集まっているところ。(Pamukkale Meydan=パムッカレ・メイダン)
オトガルから乗る時と同様に、乗車の際ドライバーにラオディキアで下車したい旨を伝えておくとよいでしょう。
ミニバス利用時の注意点
ミニバスが走るのはデニズリ市街とパムッカレ村を結ぶ幹線道路で、大きな道路かつ交通量が少ないため車はかなりのスピードを出して走っています。
行く時はあらかじめドライバーに降りたい場所を伝えればよいですが、問題は帰る時。
似たような車が多く走っているため、スピードをあげて走ってくる該当のミニバスを見極め、道路脇で手をあげて止めるというのは至難の業です。
(幹線道路上にはミニバスの決まった停留所はありません)
慣れない旅行者なら、タクシーや代理店の送迎を利用したほうがスムーズかも。

タクシーや代理店の送迎を利用する
ラオディキア遺跡内にはタクシーは待機していません。
もしタクシーを利用するなら、デニズリオトガルやパムッカレ村で往復乗車の料金を交渉するとよいでしょう。
旅行代理店でも送迎手配をしているので、パムッカレ村で相談してみてください。

弊社でもラオディキアへの送迎手配を承っています。
ご希望の際はメールやLINEからお問い合わせください。
↓LINE公式からチャット相談できます↓
ラオディキア遺跡サイト案内

オープン時間&入場料
ラオディキア遺跡の入場料は、12ユーロ。※2026年2月現在
同日にヒエラポリス・パムッカレとラオディキアを訪れるのであれば、入場料が少しだけお得になるコンビチケットもあります。
最新の入場料、開門・閉門時間や入場料は 公式サイト(https://muze.gov.tr/)に掲載されています。
観光の所要時間

ラオディキア遺跡は非常に広大ですが、入り口にある案内マップでは旅行者の予定に合わせた2つの見学モデルコースが紹介されています。
ショートコースに沿って歩くなら所要時間は約1.5~2時間が目安。
ロングコースなら最低でも3時間はみておいたほうがよいでしょう。
実際に歩いてみると、その圧倒的なスケール感に思わず足が止まり、コースからはずれて見たくなる遺跡も出てくるので、想像以上に時間が過ぎてしまうはずです。
ラオディキア遺跡の歩き方

ラオディキア遺跡観光をスタートする前に、まずサイト内に設置されているマップを見て、歩く順序を決めておくことをおすすめします。
赤く色づけされているショートコースは、主要なスポットを効率よく巡りたい人向け。
このコースでも復元された美しい神殿やメインストリートを十分に堪能することはできます。
一方、端にあるスタジアムやあちこちに点在する遺跡までじっくり見て回りたいなら、まずは赤いショートコースを周った後、青く色付けされたロングコースに接続するのがよいでしょう。

ラオディキアは遺跡観光の導線が良いとはいえないので、ご自身の体力や次の目的地への移動時間を考慮し、無理のない観光を。
ラオディキア観光の注意点

遺跡サイト内、トイレはチケットオフィスの近くと駐車場の隣りの2ヶ所にあります。
どちらも遺跡の入り口側なので、いざ遺跡観光をはじめると途中にはトイレがありません。
観光を始める前に済ませておくとよいでしょう。
サイト内は日差しを遮る場所がほぼなく、腰かけて休めるベンチもありません。
夏場の遺跡巡りは日射病に十分気をつけてください。
ミネラルウォーターを買える売店やカフェも入り口近くの駐車場横に1か所しかないので、あらかじめ多めに持参するのがよいと思います。
ラオディキアの見逃せない遺跡
実際に私がラオディキア遺跡のショートコースとロングコースを歩いた順に、見どころを写真と併せて紹介します。
東のビザンツ門|Doğu Bizans Kapısı

古代都市ラオディキアの東側の主要な入口ゲート。
4世紀末から5世紀初め、都市を守る防衛網の一部としてシリア通りの東端に築かれました。
かつては歩行者用と馬車用の2つの通路があり、両脇には守備と監視のための四角い巨大な塔が置かれていたそう。
シリア通り|Suriye Caddesi

門から奥へ伸びる通りは、ラオディキアの東西を結ぶ主要な街路。
約900mの長さがあり、門から西へ向かって都市中心部へ通じています。
街路の両側には商業施設や噴水、アゴラなど都市機能が展開していました。
A神殿|Tapınak A

ローマ帝政期に建設された神殿建築。
アポロンなどの神々や皇帝を祀る場所として誕生し、のちにキリスト教期に再利用(教会化)されたことが発掘で確認されています。
かつての都市の繁栄を象徴する最も重要な遺構の一つ。
ここから見渡すパムッカレや平原のパノラマは、ラオディキア随一の絶景スポットです。
緑派のジョッキークラブの建物|Yeşillerin Jokey Kulübü Binası

古代の戦車競技チーム「Yeşiller(緑派)」の集会所。
ここでいう"ジョッキー"は近代の競馬ではなく、ローマ時代に都市で人気を集めていた戦車競技のチームを指している模様。
建物には中庭や小さな噴水があり、残されたギリシャ語の碑文からも緑派の拠点であったことが確認されています。
約1500年前まで実際に使用されていたこの建物は、古代都市における娯楽や市民活動の様子を今に伝える貴重な遺跡です。
東のプロピュロン(北の聖アゴラ入口)|Doğu Propylon

北の聖アゴラへと続く記念門で、2世紀に建てられた建築です。
494年の大地震で倒壊したものの、発掘と修復によって柱や門の構造が再現されています。
コリント式の華やかな柱頭や再利用された装飾部材が、ラオディキアの壮麗さを今に伝えています。
北の聖アゴラ|Kuzey Kutsal Agora

東のプロピュロンを抜けると、北の聖アゴラの広大な列柱広場が現れます。
柱廊に囲まれたこの空間は都市の宗教的、公共的中心のひとつとされていました。
整然とした構造から、ラオディキアの高度な都市計画を感じ取ることができます。
西の劇場|Batı Tiyatrosu

ラオディキア西側の丘陵斜面に広がる大劇場。
ローマ時代に建設された大規模な半円形劇場は、自然の地形を活かして観客席が設けられ、数千人を収容できたと考えられています。
ここでは演劇や集会が行われ、都市の公共生活の中心のひとつを担っていました。
舞台建築や列柱の一部も復元が進んでいます。
モザイクエリア|Mozaik Alan

北アゴラの北西端に位置するこのエリアでは、見事なモザイク舗装を見ることができます。
4世紀頃の遺構と考えられており、当時は教会として使用されていた可能性が高いそう。
現在はガラス床が設置されており、貴重なモザイクを足元に眺めることができるおもしろいスポットです。

白、黒、赤、黄色など多彩な石を組み合わせ、迷路や星、渦巻き、葉っぱといった複雑で美しい幾何学模様が精密に描かれています。
教会付き列柱中庭邸宅|Kiliseli Peristylli Ev

列柱に囲まれた中庭をもつローマ時代の邸宅で、後の時代に教会(Kilise)として再利用されたことからこの名で呼ばれています。
ラオディキアの繁栄期には、こうした中庭付きの豪華な住宅が建てられました。
その後、ビザンツ時代に教会へと改変され、建物は信仰の場として新たな役割を担うことになります。
ひとつの建物にローマ都市文化とキリスト教化の歴史が重なっている点が見どころです。
北の劇場|Kuzey Tiyatrosu

ローマ帝政期に建設されたラオディキア最大規模の劇場で、約12,000人を収容できたと考えられています。
現在は石材の多くが失われ、半円形の地形だけが目立つ状態ですが、本来は大理石造りの壮麗な舞台建築を備えた巨大施設でした。
一見すると西の劇場よりも簡素に見えますが、実際には規模・収容人数ともにこちらの方が大きかったようです。
まさに、ラオディキアの都市力を象徴する存在でした。
ラオディキア教会|Laodikeia Kilisesi

4世紀後半に建設された初期キリスト教の大規模バシリカ。
新約聖書に登場する「七つの教会」の一つに数えられる都市信仰の中心でした。
現在は建物全体が保護屋根で覆われ、内部は整備された通路から見学できるため、装飾や建築構造を間近で観察できます。

三廊式の堂内にはモザイク床や十字架文様が残り、都市がローマ的公共都市からキリスト教都市へと転換していく歴史を読み取ることができます。
保存展示の完成度がとても高く、ラオディキア遺跡の必見スポットです。
トラヤヌス帝の噴水施設|Traian Nymphaeumu

紀元2世紀初めにローマ皇帝トラヤヌスを称えるために築かれた、ローマ帝国の権威と都市の豊かさを誇示するための壮麗なモニュメント。
この施設には、「水に関する法律」を記した碑文も残されています。

さらに、2019年にはこの施設のプール跡から、約350個の破片に分かれた「トラヤヌス帝とダキア人捕虜の彫像群」が発見されました。
皇帝が身にまとった軍装には、魔除けのメドゥーサや勝利のグリフィンが精巧に彫られており、当時の高度な芸術性がうかがえます。
足元にひざまずく捕虜の姿は、ローマ皇帝の強大な権力を象徴しています。
ブルテリオン|Bouleuterion

総大理石で作られた劇場型の遺跡は、都市の政治的な意思決定が行われた「議事堂」。
紀元2世紀、皇帝ハドリアヌスの時代に整えられました。
約500〜600人を収容できるこの場所は、政治の場であると同時に、音楽会などが開かれる「オデオン」としても利用されていたそう。
ラオディキアの繁栄を象徴する重要なスポットです。
スタジアム|Stadyum

紀元79年頃に完成したこのスタジアムは、全長285メートル、収容人数2万5千人を誇る巨大な競技場。
かつては総大理石の観客席が並び、陸上競技や剣闘士の戦いで賑わった都市の娯楽の中心地でした。
地震の影響や長い年月の経過により、現在はわずかに残る座席部分が確認できるだけ。
残念ながらかつての壮麗な姿を留めている部分は多くありませんが、その敷地の大きさからは商業都市として繁栄を極めたラオディキアの圧倒的なスケールを感じることができます。
このスタジアムは敷地内のはずれにあり、ほとんど訪問する人がいないどころか警備員の姿すら見えないので、行く際にはご注意を。

本記事で「トラヤヌス帝の噴水施設」以降に紹介したのがロングコースで見られる遺跡になります。
前半の多くの遺跡はショートコースでも見学できますよ。
おわりに

まだ日本人の訪問者はとても少ないラオディキアは、絶賛発掘進行中の面白い遺跡です。
今後は正式に世界遺産に登録される可能性もあり、行くなら空いてる今がチャンスかも!?
ヒエラポリス・パムッカレのすぐ近くですので、是非セットで訪れてみてください。
同じく知られざる遺跡、世界遺産「アフロディシアス遺跡」についても記事を書いていますので、よろしければご参考に。
※掲載情報には細心の注意を払っていますが、情報の正確性、有用性について保障するものではありません。

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