こんな疑問を解決します

  • トルコの「アフロディシアス」ってどこにある?
  • アフロディシアス遺跡への行き方は?
  • アフロディシアス遺跡では何を見るべき?
  • 観光の所要時間ってどれくらい?

大理石の都市とも呼ばれる古代都市「アフロディシアス」は、アクセスのしづらさもあって個人旅行者はあまり訪れないニッチな遺跡。

ローマ時代に特別な特権を得て豊かな彫刻文化が花開いたアフロディシアスは、その豊かな歴史と卓越した芸術性、ローマ帝国との独特な関係性から、ユネスコ世界遺産にも登録されています。

この記事では、そんな興味深いトルコの世界遺産アフロディシアス遺跡のあれこれを、デニズリ在住&古代遺跡好きの私が詳しくお伝えします。

目次

トルコ・アフロディシアス遺跡の基本情報

マップ

アフロディシアスってどこにある?

アフロディシアスは、トルコ西部のアイドゥン県(Aydın)カラジャス(Karacasu)地区に位置する古代都市の遺跡です。

エーゲ海からは100キロほど内陸に入った場所にあり、旅行者が多く訪れる最寄りの大きな町という意味では、お隣り県のデニズリ(パムッカレのある場所)からがアクセスしやすいです。

Shizuka

私が住んでいるデニズリの中心部からアフロディシアスまでは約80km、車で片道1時間ちょっとの距離です。

古代都市アフロディシアスの概要

アフロディシアス

アフロディシアスは、紀元前2世紀から紀元6世紀にかけて、愛と美の女神アフロディーテを信仰する中心地として栄えました。

紀元前1世紀後半、ローマ皇帝アウグストゥスはアフロディシアスを個人的な保護下に置き、その後250年間でこの地には記念碑的な建築物が多く建設されます。

「大理石の都市」と言われる所以

アフロディシアスは、主に近隣で産出された大理石で建設されています。

記念碑や彫像のほとんどに使用された白と灰色の大理石も、現在ある遺跡から2~4キロ北東の丘陵地帯にある採石場から採掘されました。

加工しやすい大理石の壁には市民がテキストを刻むことが出来たため、都市の歴史や市民感情に関する貴重な情報が残されているそうです。

都市はアフロディーテ神殿を中心に碁盤の目状に区画され、劇場、スタジアム、公衆浴場、大通りなどが整備されていたそう。

特に町の北端にある巨大なスタジアムは、古代ローマの建造物の中でも保存状態が非常に良いことで知られています。

アフロディシアスは6世紀まで繁栄をつづけ、途中アフロディーテ神殿はキリスト教の教会に改築。

その後、ローマ帝国の衰退やイスラム勢力の台頭の中で都市機能は徐々に失われ、12世紀には住民が都市を放棄し廃墟と化しました。

発掘調査と研究の歴史

アフロディシアス

アフロディシアス遺跡の発掘調査と研究は、1957年の地震後に本格的に始まりました。

それまで現在の遺跡エリアにあった集落(ゲイレ村)を移転させ、1961年からトルコ人の考古学者ケナン・エリムが指揮を執る形で大規模な発掘調査が開始されます。

この発掘により、アフロディシアスがローマ時代に大理石彫刻の中心地として栄えたことが明らかになり、多くの優れた彫刻作品や建造物が発見されました。

現在も発掘調査と研究は継続して行われています。

発掘の裏にいた2人の重要人物

アフロディシアス

この遺跡の発掘には、あるトルコ人の写真家と考古学者が情熱を注ぎました。

彼らのロマンある物語もまた、アフロディシアスを語る上で欠かせない魅力の一つです。

古代の時を映す写真家"アラ・ギュレル"

トルコの写真家アラ・ギュレル(Ara Güler)は、1958年にダムの開通式を撮影するためにアイドゥン県を訪れました。

その際、偶然ゲイレの村(現在のアフロディシアス遺跡)に辿り着きます。

そこで地元の人々が日常の中で柱頭など古代ローマの石彫を家具として使っている光景を見て衝撃を受け、写真に収めるようになったのが始まり。

アフロディシアスはそれ以前から研究者の注目を集めていた場所ではありましたが、ギュレルの写真をきっかけに国際的に広く知られるようになります。

その後もギュレルは晩年に至るまでアフロディシアスをたびたび訪れ、そこが"単なる田舎の村"からユネスコ世界遺産にふさわしい文化財へと変貌していく過程を写真で記録し続けました。

歴史を紐解く考古学者"ケナン・エリム"

トルコ出身の考古学者・古代彫刻の専門家ケナン・エリム(Kenan Erim)は、1961年にニューヨーク大学の支援を受けて、アフロディシアスの発掘調査を開始します。

エリムが主導して組織した探査・発掘プログラムは、それ以前の発掘とは異なる「現代の科学的な発掘」でした。

彼は1990年に発掘現場にて亡くなるまで、ニューヨーク大学の古典時代教授、そしてアフロディシアス発掘調査の責任者としての職務を続けます。

その後、彼の後を継いでディレクターとなった研究者たちが2017年にユネスコ世界遺産登録を実現しました。

発掘初期の頃、ギュレルとエリムはお互い連絡を取り合っていたそうです。

ギュレルが撮影したエリムの写真

アフロディシアスの遺物がトルコに多く残っている理由

トルコには残念ながら、過去に海外へ流出した重要な文化遺産が多数存在します。

アフロディシアス遺跡も同様、1830年代にフランスとイタリアによる初期の発掘が始まった頃には、貴重な遺物が一部海外に流出してしまいました。

しかし、1960年代にトルコ人考古学者ケナン・エリムによって発掘が主導されるようになって事態は好転。

アフロディシアス遺跡の遺物がほとんど現地に留まっているのは、エリムがトルコ人として遺跡の保存と遺物の国内での管理を優先したためです。

これはトルコの他の遺跡の歴史とは異なる珍しいケースと言えるでしょう。

そういった発掘の歴史からも、アフロディシアスはトルコの人にとって特別で意味のある遺跡なのです。

Shizuka

アフロディシアス遺跡を初めて訪れた時には感動しました!
とにかく美しく魅力のある遺跡です。

アフロディシアスを訪れる旅行者

アフロディシアス

アフロディシアスを訪れるのは、フランス、イタリア、スペインなど欧州からの旅行者が圧倒的に多いです。

特にフランス人には人気が高いようで、現地代理店でアフロディシアス遺跡までのプライベート送迎を依頼するのも半分以上がフランス人。

彼らのバカンスシーズンである夏季(6~8月)は訪問者がやや多くなるけれど、それ以外の時期は非常に空いている遺跡。

日本からだと個人旅行者はほとんど訪れませんが、添乗員付きトルコ周遊の団体ツアーでは訪問先に組み込まれていることがあるようです。

アフロディシアスへの行き方

アフロディシアス

個人旅行者にとってはアクセスしづらいことで有名なアフロディシアス遺跡。

一番アクセスが便利なデニズリから行く場合、以下の方法があります。

公共交通で行く場合

長距離バスとドルムシュ(ミニバス)を何度か乗り継ぐ行き方。

  1. デニズリ(Denizli)オトガル → ナズィリ(Nazilli)オトガル
    • 長距離バスで約1時間
    • 30分に1本程度の運行
  2. ナズィリ(Nazilli)オトガル → カラジャス(Karacasu)オトガル
    • ドルムシュで約1時間
    • 30分に1本程度の運行
  3. カラジャス(Karacasu)オトガル → アフロディシアス(Afrodisias)
    • ドルムシュで約30分
    • 2時間に1本程度の運行

個人で行くのは結構大変!

上記の方法でデニズリからアフロディシアスまで行くことは出来ますが、乗継時間を含むと移動だけで片道3~4時間ほどかかります。

カラジャス-アフロディシアス間のドルムシュは本数が少なく、乗継ぎが悪いとかなり待たなければなりません。

ドルムシュはアフロディシアス遺跡のゲート前からは出ておらず、大通りまでさらに歩く必要あり。

ドルムシュの最新の運行スケジュールをネット上で見つけるのは困難で、平日/休日でスケジュールも変わります。

個人で行く場合、一日がかりの長旅になるのは覚悟!

代理店の送迎で行く場合

以前はパムッカレの代理店がアフロディシアス行きのツアーを週に1回(月曜日に)催行していましたが、2025年8月現在、レギュラーのツアーはありません。

現在、パムッカレの各代理店はアフロディシアスまでのプライベート送迎を提供しています。

ドライバー1名+ミニバンでの往復移動、アフロディシアス遺跡観光中の待機、途中希望があればランチへの立ち寄りなど、臨機応変にプランを作ってくれます。

プライベート送迎で行く場合、片道所要時間は

  • デニズリ市内中心-アフロディシアス:車で約1時間10分
  • パムッカレ村-アフロディシアス:車で約1時間30分
Shizuka

弊社でもデニズリ(パムッカレ)からアフロディシアスへのプライベート送迎の手配を承っています。
ご希望の際はメールやLINEからお問い合わせください。

↓LINE公式からチャット相談できます↓

レンタカーで行く場合

デニズリまたはイズミルやクシャダスなど、大きな都市でレンタカーを借りて自力で行く方法もあります。

デニズリには空港やオトガルにレンタカー会社の窓口はないため、ネットで事前予約をするか、市内中心地にあるレンタカーショップへ直接行って交渉するとよいでしょう。

トルコ人の運転の荒さとマナーの悪さにより、トルコでの運転はなかなか怖いものがあります。

レンタカーされる方はその辺も十分ご注意ください。

アフロディシアス遺跡サイト案内

アフロディシアス

オープン時間&入場料

アフロディシアス遺跡の入場料は、12ユーロ。※2025年8月現在

最新の入場料、開門・閉門時間や入場料は 公式サイト(https://muze.gov.tr/)に掲載されています。

観光の所要時間

観光の目安は、さっくり周って1時間半、すべての遺跡を周って解説を読んだり博物館までじっくり見るなら最低2時間半は必要。

平均的な所要時間は2時間ぐらいです。

アフロディシアス遺跡の歩き方

アフロディシアス遺跡は、時計回りまたは逆時計回りで一周ぐるっと歩くと重要な遺跡を一通り見られるようになっています。

サイト内にある案内マップを参考にするとよいでしょう。

入場ゲートの近くにある博物館とフォトギャラリーの訪問も忘れずに。

アフロディシアス観光の注意点

サイト内、トイレはゲート近くの1か所しかありません。

観光を始める前に済ませておきましょう。

サイト内は日差しを遮る場所がなく、腰かけて休めるような場所も少ないので、夏場の遺跡巡りは日射病に要注意。

ミネラルウォーターを買える売店やカフェもゲートの近くに1か所しかなく、値段もかなり高いので、あらかじめ街中の売店で買って持参するのがいいと思います。

アフロディシアスの見逃せない遺跡

ここからは、アフロディシアス遺跡に行ったら絶対に見ておきたい貴重な遺跡を紹介します。

ゲートを入って、右手から反時計回りのルートで順に見ていきます。

石棺(Sarcophagus)

石棺

アフロディシアスでは、大理石製の石棺が多数発見されています。

最も多く作られたのは2世紀から3世紀初頭。

石棺の碑文には発注者、所有者、そして誰がそこに埋葬される権利を持っていたかが記されているそうです。

アフロディシアス博物館(Afrodisias Müzesi)

アフロディシアス博物館

サイト内にある博物館では、発掘された多数の大理石彫刻が展示されています。

女神像、神話の登場人物を題材にした群像彫刻、さらにはローマ皇帝の肖像まで、見ごたえのある博物館です。

※しばらく前から2025年8月現在もなお休館しており、再オープンの情報は今のところありません。

マスクとフリーズ(Maske ve Girland Frizi)

マスクとフリーズ

仮面と花輪を描いたフリーズ(装飾ブロック)は、街の中心部にある主要な公共広場のイロニア式列柱を飾っていました。

大衆演劇の登場人物を象った仮面は、神々、英雄、市民、奴隷、兵士、アスリートなど様々。

「声なき演技」が壁の顔たちから伝わってくる印象的でユニークな装飾です。

テトラピュロン/四面門(Tetrapylon)

テトラピュロン

アフロディシアスを象徴するモニュメントの一つで、紀元2世紀に建設されたアフロディーテ神殿の聖域の入り口にある記念門です。

4方向に開いた列柱建築と細部まで彫刻が施された装飾美が特徴で、古代都市のシンボル的存在。

現在見られる姿は1990年代にオリジナルの石材を用いて復元されたものです。

ケナン・エリム(Kenan Erim)のお墓

ケリムのお墓

テトラピュロンの近くには、アフロディシアス発掘調査を主導したケナン・エリム(Kenan Erim)のお墓があります。

アフロディーテ神殿(Aphrodite Tapınağı ve Kilise

アフロディーテ神殿

アフロディシアスの名前の由来となった愛と美の女神アフロディーテに捧げられた神殿で、都市の最も重要な宗教建築物。

紀元前1世紀に建設されたこの神殿は、後にキリスト教会に改築されました。

現在も残るコリント式の円柱群と精巧な彫刻装飾が施された建築要素は、ヘレニズム・ローマ建築の傑作として評価されています。

ブルテリオン/議事堂(Bouleuterion)

ブルテリオン

都市の政治的意思決定が行われた議事堂で、オデオン(音楽堂)としても使用されていました。

半円形の議席配置と優れた音響設計を持つこの建物は、古代民主制度の物理的証拠として歴史的価値が高く評価されています。

このブルテリオンの裏側エリアには大理石工房が置かれていて、実際の彫刻作業は中庭で行なわれていたそう。

スタジアム(Stadyum)

スタジアム

アフロディシアス最大の見どころの一つで、古代世界のスタジアムの中で最も保存状態が良いものの一つとして知られています。

長さ270メートル、幅60メートルの巨大な楕円形の競技場は、約3万人の観客を収容できたそう。

伝統的なギリシャの陸上競技のほか、ローマ時代には剣闘士や野獣との戦いも行われており、観客席に座ると当時の熱気を想像することができます。

北テメノス邸宅(Kuzey Temenos Evi)

北テメノス邸宅

アフロディーテ神殿の北側に位置する大邸宅。

モザイクや大理石の装飾が残り、豪華な暮らしぶりを伝えています。

6世紀頃まで使われていた痕跡が見つかっているそう。

ハドリアヌス浴場(Hadrianus Hamamı)

ハドリアヌス浴場

皇帝ハドリアヌス時代に建設された大規模な公共浴場。

温浴室、冷浴室、運動場を含む完全な設備を備えており、古代ローマの公共衛生システムと社会生活の様子を知ることができる重要な遺構です。

南アゴラと大プール(Güney Agora ve Havuz)

南アゴラの大プール

全長約170メートル、幅約30メートルに及ぶ巨大な長方形プール。

プールの周囲は列柱廊(ストア)で囲まれており、市民が集まる社交・散策の場だったと考えられています。

発掘ではプールを飾った彫刻や給排水の構造も見つかっており、噴水公園のような雰囲気だったと推測されます。

大劇場(Tiyatro)

大劇場

斜面を利用して造られた約8,000人収容の劇場。

白大理石で建造された典型的なローマの建築様式で、古代の演劇や音楽会が開催されていました。

音響効果に優れた半円形の観客席と舞台建築の保存状態は良好で、舞台と自然が一体となった素晴らしい空間であったと想像できます。

セバステイオン(Sebasteion)

セバスティオン

ローマ皇帝一族とアフロディーテを同時に讃えるために建てられた複合施設。

3階建ての壮大な構造を持ち、各階の柱廊には精緻な浮き彫り装飾が施されています。

特に皇帝や神々を描いた彫刻群は、アフロディシアス彫刻学派の技術水準の高さを物語る貴重な遺産です。

フォトギャラリー(Gallery)

アラ・ギュレルの写真展

トルコの写真家アラ・ギュレル(Ara Güler)が、当時のゲイレ村を訪れた際、遺跡の中に地元の人々の日常生活があった様子を収めた写真が複数展示されています。

とても小さなギャラリーですが、ここを見るだけでもアフロディシアスまで足を伸ばす価値があったと言えるぐらい、素晴らしい衝撃写真の数々は必見です。

おわりに

アフロディシアス

日本人にとっては"知られざる遺跡"と言える、今はまだ知名度の低いトルコの世界遺産「アフロディシアス」。

現在進行で発掘が行われており、今後はもっと注目されていくべき価値のある遺跡だと思います。

個人旅行ではなかなか行きづらい古代遺跡ですが、行った人の多くは「素晴らしい遺跡だ」と評するアフロディシアス、是非機会があれば訪れてみてください。

パムッカレ観光については、以下の記事もご参考に。

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